追憶
心の深淵にスチールウールのようなものがある。絵に現すとスチールウールみたいにグニャグニャしてて、絡まってて。
自分が自分であるとわかった頃から、自分が自分でないような気がしていた。良いことをしても悪いことをしても、それは遠い離れた世界での出来事のような気がしていた。
僕がうまれたのは日本に近いアジアの島国。僕がうまれた時、父は無職で、母が働いて生計を立てていた。
家は小さな路地の長屋のような一角だった。二階建てで小さな屋上があった。
玄関の前には小さな二、三畳ほどのコンクリートで固められた前庭があった。そこに両親は自分のオートバイを停めていた。
小さな屋上には金柑の木が植えてあって、季節になるとアゲハチョウが卵を産みにくる。しばらくすると卵は孵化し、小さな幼虫が柔らかい新芽を食べ始める。幼い僕は母と一緒に小さな蓋つきの竹籠に金柑の葉と幼虫を入れて飼育していた。
小さな幼虫は食欲旺盛で、すぐに竹籠の底に胡麻のような糞を敷き詰める。
日常には小さな幸せがあった。
幼い僕は幸せであると信じて疑わなかった。昔を思い出すと、幼い僕は幻想にしがみついていたような気がする。
あれは幸せではなかった。両親にとっても、僕にとっても幸せではなかったのだ。
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